Nintendo DSに人生左右された話

Nintendo DSに人生左右された話

Nintendo DSに人生左右されたことがありますか?

 

 

Nintendo DS に人生左右されるまで

 

これは私の人生のターニングポイントの決め手はDSだったとゆーお話なんですが。
私はイギリスで生まれ、バングラデッシュで幼稚園を過ごし、小学校を日本で入学しました。
 
バングラ幼稚園時代のあんぞう(一番右の子供)。足を閉じなさい、足を。


この時点でもう帰国子女ですが、イギリスは物心つく前に出て、バングラデッシュでは日本人幼稚園で育っているので話せるのは日本語だけでした。

小学校2年の1学期が終わりに近づく頃、お父さんにスリランカへ転勤の話が来ました。

インターナショナルスクールか?日本人学校か?

家族で引っ越すことを決め、話題は私の学校のことに。

スリランカにはインターナショナルスクールも、日本人学校もあります。

どっちに行くべきか?父はインターナショナルスクールを押してきました。 

 

父:「あやちゃん!インターナショナルスクールへ入ろう!」

私:「んー」

父:「やっぱね、僕の職場の人も、インター入れるべきって皆言うんだよねー」

私:「へー」

父:「英語話せるようになるよ!」

私:「ほー」

 

と、行くべき理由をどんどんと並べてきます。

別に絶対行きたくないわけでもないけど

「英語喋れないもん・・」と少しの恐怖感と

「こんなに押されると逆に行く気なくすわ」の狭間で少し様子を見てました。

昔からどこか計算高いところがあるのか、お父さんがどうやって私をインターへ行くように持ってくるのか見たかったのもあると思います。

 

物で子供を釣る親、釣られる子供

 

当時はDSブーム。

学校の友達のほとんどが持っていました。

あんぞう家の両親は「ゲームは小6までダメ」と言っていたので、DSを買ってもらうのはこの時絶対にありえない話だったのですが。

それでも私が何回もねだっていたのを思い出したのか、お父さんが衝撃的な一言を言い放ったのです。



「あやちゃん、インター行くならDS買ってあげるよ!」



さすがにこんなに幼くなかったですね。すみません。これもあんぞうです。

 

私:なんだって(心の声)

交渉してきた!

子供相手に物を使ってきた!

あんなにゲームを持たせるのに反対だったくせに!

 

私:「え行く行く」

 

即答。

 

はい。

私の人生の大きなターニングポイントはこう決まりました。

自分でも「インター行った方がきっといいんだろうな」とはこの時から分かっていました。

何かに押されなきゃ「うん」とは言えなくて。(ガキの頃から素直じゃない)

 インターに行く機会があるなら行くべきだと私は思うし、なかなか無いチャンスだと今は分かっています。

 

こんな機会、本来なら食いつくべきかもしれないけど、渋ったらDSがついてきたと。

Win にWinが付いてきたわけです。

 

あの時インターに行くことを決断していなかったら、全く違う人生だったでしょう。

これは、私の人生の中で「正解した」と言える選択肢です。

お父さんが押してくれ、あまりに押してオマケにDSを付けてくれたから今の自分がいます。

ちなみにどうぶつの森とNintendogs遊びまくりました。

ありがとう、パパ。笑

 

教訓

この話から思うことは、「子供を物で釣るのは別に悪いことではない」ということと。

 

(きっとこれには賛否両論あるだろう)

(だけど実際私は物と金につられて中・高と成績を上げていた)

 

他には、「理由は何であれ、とりあえず飛び込んでみる大事さ」ですかね。

目の前のご褒美に釣られたっていいじゃない。

その後続ける価値があるかはその時決めればいい。

DSで遊んでた写真はなかったから、初めて通ったインターでできた友達と撮った写真でも載せときます。

 

DS買ってもらったくせに首からたまごっち
どれがあんぞうかな?(いらない)

追記

これを読んだあんぞう(父)は、

「え!あやちゃんこんなこと考えてたの!?単純なんだと思ってた!」と驚いていました。笑

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