コロナ、そして本帰国。

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お久しぶりです。
続いていたweekly entryも最近投稿できていなかった。

理由としては、この3週間で生活が180度変わってしまった。

今私は、恋人の親戚の家がある大阪で自主隔離中。

先週までリーズに行っていた私に起こった生活の変化を、

自分が整理するためにも時系列で書いてみるね。

 

1ヶ月前は自分の心配より親の心配


1ヶ月前、イギリスではまだ全然コロナ感染者はいなかった。

自分の生活よりも、ベトナムに住んでいる両親、札幌に住んでいる祖母が心配だった。

まだこの時は自分の生活に影響を及ぼすとは思っていなかった。

 

 

芽生え始めた危機感

とうとう私の住んでいる地域でも感染者が確認された。

自分がかかりたくない、って気持ちももちろんあったけど、

それよりも、「アジア人差別が増えそうで怖いな」と。

そっちの危機感の方が強かった。

 

ロンドンの大通りでは、中華系シンガポール人が、

顔をぐちゃぐちゃに殴られていたし、

リーズでも、「アジア!コロナ!」などと夜歩いていると通行人に叫ばれる友達もいた。

 

ハンドジェル(消毒液)がスーパーからなくなった

トイレットペーパーも

石鹸も。

 

大学は最終学年なので授業は少なくなり、

外に出ることは以前より減ったが、

手洗いを以前より意識する様になり、人混みは避ける様になった。

 

喘息持ちで、1年以内に発作を経験しているので、

コロナにかかったら多分一発だな、と自分自身が危険に晒されていると思う様になったのもこの頃。

 

6ヶ月間準備していたイベントを、自分で開催中止を決めた

桜フェスティバルと言う、日本文化をリーズで広めるためのお祭りイベントを、

交換留学生のみんなとこの6ヶ月準備していた。

企画、マーケティング、クラファン・スポンサーの3つのグループに別れて、

何回も議論を繰り返し、ラスト1ヶ月には作業にも時間を費やしていた。

 

私は全体の副リーダーを関わらせていただいていて、

引継ぎから10ヶ月ほどは、このプロジェクトに携わっていた。

 

3月11日から13日にかけて、イギリスでの感染者がすごく増えた。

1週間前までは、今の状況で、できる衛生管理はして、開催するつもりだったが、

状況があまりにも早く変わったので、考え直さざるをえなくなった。

 

各班のリーダーたちと緊急でミーティングを行い、

開催においてのリスクを考えると

「集団感染」

「感染者が出てしまった場合の、日本人及アジア人へ対しての差別、攻撃」

が2つあって。

とてもリスクが大きすぎた。

もちろん6ヶ月も時間を費やしたので、

誰も「開催中止」に乗り気ではなかった。

「頑張った」「楽しみにしている人がいる」「もう開催すると言ってしまった」

などの理由はこの様な場合参考にならないし、するべきではない。

 

 

少々私が押さえつける様な形となってしまったけど、中止を決めた。

今でもこの判断は正しかったと思う。

 

このイベントのために、パンフレット制作したけど、

それもないない。

 

大学のオンライン授業の切替、そして閉鎖。

次の週から授業がオンラインへと切り替わった。

これは今年度ずっと続くと言う。

大学生活はあっけなく終わった。

リーズにいなくてはいけない理由もなくなった。

 

でも、アパートの契約はまだ残っているし、

親のいるベトナムには入国制限がかかっていて行く場所もないし、

移動してもお金がかかるばかりなので、

できるだけリーズにとどまるつもりだった。

 

スーパーも近いし、自己隔離する環境は整っていた。

 

みんなの帰国、両親の急な帰国

しかし、周りの日本人留学生は次々と日本へ帰っていった。

前代未聞の緊急事態に、外国にいるのはやはり不安な部分が多い。

不安どーこー以前に、日本の所属大学から帰国要請が送られてきて、

帰らざるをえない状況になった。

 

そしてベトナムにいる両親も帰国することになった。

父の仕事で、日本に一時的に帰国する様に要請された。

 

コロナが落ち着けばベトナムにまた戻るが、

任期が9月頭までなので、間に合わなければベトナムに戻ることはない。

親はとりあえず札幌へ移動すると言う。

 

こうして私のホームともあっけない別れが決まった。

戻れる可能性はゼロではないが、

こんな中何も期待しないのが一番と思える。

もう既にいろいろな変化が起こっていて、

割となんでも受け入れられていた。

 

でも、これは流石に応えた。

心の拠り所、何か変わらない物を求めていたのかもしれない。

それも変わっちゃった。

 

彼氏もできるだけリーズにとどまるつもりではいたが、

人がどんどんいなくなり、今までの「留学生活」とは変わってしまったため、
帰国を考え始めた。

 

周りに知り合いがいない、

外に出れない、

卒業式もない、

家族と行くはずだった卒業旅行もないとなったら

本当にリーズにいる意味もなくなったし、孤独になってしまうことに気づいた。

 

でも、帰国はしたくても

飛行機はお金かかるし、

自主隔離するためのスペース、交通手段を確保しなくてはいけない。

日本に住んでいない私にとってはとてもじゃないけど無理な話。

「帰国しろ、でも手段は自分で隔離しろ。」

無茶振りがすぎる。

 

ベトナムでは帰国した国民に軍事施設を提供して隔離させている。

それぐらいしないと、個人ではやはり限界がある。

 

頼れる人は直行便で行けない地方だったし(ヨーロッパからの入国の場合、関空か成田・羽田しかオプションがない)。

私は本当に行く場所がなくなった。

 

そして今。

今、大阪にいます。

彼氏の親戚の家に一緒に泊めさせてもらっています。

行く場所がない私を快く面倒見てくれていて、

本当に感謝しかない、、。

この様な形で彼氏のご両親とお会いすることになるとは思っていなかった。笑

 

昨日着いたのでまず時差ぼけ直して、

仕事と卒論にそろそろ取り組んでいきたい。

 

これから。

2週間の隔離が終わったら、

札幌か沖縄に移動するつもりです。

 

まだ大学生なので、

卒論、最後の試験等終えるまでは1カ所にいるつもり。(6月まで)

卒論は大学側に事情を説明したら、期限を延期してくれました。感謝。

 

卒業後は、

フリーランスでwebデザイン、フォトグラファーやりながら、

親と東南アジアを住みながら放浪するつもりだったのですが、

コロナの影響でしばらく旅はだめかなと、予定変更。

 

これからは日本に住むと思います。

本帰国した実感がないし、

本帰国が今までで一番嬉しくない帰国だとは笑

 

まだ、どこに住むとか、決めるにも決めれなくて、

宙ぶらりん。

 

宙ぶらりんすぎてんっもおおおってなっちゃうけど、

「なるようにしかならないよね」と思う様にしている。

 

1ヶ月後、3ヶ月後どこにいるから分からないけど

やることはたくさんあるので、

1日1日やるべきことと向き合っていきます。

 

 

次はもっとハッピーな投稿にしたいな。

最後まで読んでくれた人、ありがとう。

みんなも健康に気をつけて、心も体も。

 

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